メディ・カフェ@関西HP

【開催します】第4回理科ちゃんママ「防災から考える感染症、予防接種」

 

第11回メディ・カフェ@関西「医療って不確実なもの?~ともに考える、子どもたちの未来~」にひきつづき、一般社団法人知ろう小児医療、守ろう子どもたちの会との共催で、医療講座「防災から考える感染症、予防接種」を開催します。           

 

 メディ・カフェ@関西&知ろう小児医療守ろう子どもたちの会共催講座

第4回理科ちゃんママ

「防災から考える感染症と予防接種」

 

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 阪神淡路大震災より21年たった関西地域でも、30年以内に震度6弱以上の地震が起こる確率は、兵庫県(神戸市)45%、大阪は55%と言われています。震災だけでなく、あいつぐ強力な台風や自然災害による被害も大きく、災害は「必ず起こる」と想定しておきたい現状です。

特に、小さな子供を抱える私たちにとって必要なことは、震災の時、どのようなことを想定し、だからこそ、日常では、どのように対策をとっておくべきなのかを知ることです。

講師は、熊本地震の際、世界の医療団日本MDMJとして「安心安全な空間」を設置することによる子供の心のレジリエンス強化を実施。医療系NGOという立ち位置から、臨床心理士の配置やナース、医師も参加する「親子カフェ」の運営に参加されていた小児科医の早川依里子先生です。

私たちに欠けている危機意識や日ごろから出来ることについて改めて考える時間です。

 

【日 時】11月20日(日曜日)13時より

【会 場】フリースペース らこんて中崎 

【会 費】1000円(税込)

【定 員】15名(大人 先着順)

【申し込み方法】 お名前とご連絡先、お子様連れの場合は、お子様の性別と年齢(月例)を添えて、申し込みフォームより、お申し込みください

                       

 

 

 

 

 

【開催します!】第11回メディ・カフェ@関西「医療って不確実なもの?~ともに考える、子どもたちの未来~」

第11回メディ・カフェ@関西
医療って不確実なもの?~ともに考える子どもたちの未来~ 

医学が進歩し、かつては治らなかった病気も治り、ワクチンや予防医療により、病気にかかることも防げるようになりました。しかし、一方で、どんなに手を尽くしても、救えない命もあります。

医療技術が発展しても、合併症や副作用のリスクはゼロではなく、その確率がどんなに小さなものであっても、不幸な結果になってしまったら、とりかえしがつきません。
自分自身や家族、そして、幼い子どもたちのために、私たちは、この不安とどう向き合えばいいのでしょうか。

来年、会創立10周年を迎える
「一般社団法人知ろう小児医療、守ろう子ども達の会」 http://www.shirouiryo.com/ 代表、阿真京子さんをスピーカーにお迎えし、「医療の不確実性」について考える、ワークショップを開催します。

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【日 時】 11月19日(土)13:30~17:30

【会 場】 カフェコモンズ(大阪府高槻市)
    

      アクセス JR京都線「摂津富田」駅下車、南出口より徒歩3分、

      もしくは、阪急京都線「富田」駅下車北出口徒歩2分ウエストビル5階 


【スピーカー】
 一般社団法人 知ろう小児医療守ろう子ども達の会代表
        阿真京子さん プロフィール  


【会 費】2000円(税込 ワンドリンクつき)

【定 員】 20名 (先着順)

【申し込み方法】 お名前とご連絡先、簡単な自己紹介を添えて、告ちーずか、メールで、お申し込みください。


メディ・カフェ終了後、懇親会(別に会費必要 3000円程度)開催いたしますので、懇親会の出欠も合わせてお知らせください

 

 

 

 

「守ろう!健康!育もう!未来!子ども元気フェスタ」で会いましょう

 

 

熊本、大分を中心に被災された九州の皆様へ、心よりお見舞い申し上げます。

 

メディ・カフェ@関西では、来る4月24日、大阪天王寺公園内で開催される、世界髄膜炎デ―呼応イベント「守ろう!健康!育もう!未来!子ども元気フェスタ」にて、摂食嚥下に問題のある子の親の会「つばめの会」の賛助会員としてブース展示をお手伝いをさせていただきます。


また、会場各ブースにて、熊本で被災された、がんばりっこさんたち(未熟児、病児、障害児)へ、特殊な日用品や医療品など必要な援助が届けられるように、がんばりっこ応援募金箱を設置しています。

がんばりっこ応援募金について http://ganbarikko.net/?p=8942

(ブログより引用)

“必要な人” に “必要” を届けたいので協力してください!
投稿日:2016年4月15日 | カテゴリー:2016熊本地震

熊本の地震で、沢山のがんばりっこがサポートを必要としています。
(がんばりっことは、未熟児・病児・障害児のことです)

・特殊な日用品や薬等の入手はとても難しいです
・電気製品を使う子にとっての停電は命に関わります
・支援物資を受け取りに行きたくても行けない人がいます

大きな地震が続く今、長期的でそれぞれに違うサポートが必要となります。

“必要な人” に “必要” を届けたいので、協力してください!

 


「守ろう!健康!育もう!未来!子ども元気フェスタ」は、マジックやクイズラリー、しゃぼん玉リリースなどなど、親子で楽しみながら、子どもの健康について学んでいただけるコンテンツ満載の楽しいイベントです。どなたでも気軽にご参加いただけますので、是非、天王寺公園てんしばまで、遊びにきてくださいね。


https://www.facebook.com/wmd2015japan/

 

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【終了しました】第10回メディ・カフェ@関西「路上(みち)から生まれたプロジェクト~ホームレスのヘルスケアから考える、ひとはなにによって生きるのか~」

 

去る11月22日日曜日、大阪高槻市内「カフェコモンズ」にて、第10回メディ・カフェ@関西「路上(みち)から生まれたプロジェクト~ホームレスのヘルスケアから考える、ひとはなにによって生きるのか~」を開催しました。
話題提供してくださったのは、医師の西岡誠さん。ちょうど一年前に、第7回メディ・カフェ@関西コーラと「ホームレス」~あなたなら、どこでどんな未来を生きたいですか?~」にご登壇いただいた精神科医森川すいめいさんとご一緒に、世界の医療団東京プロジェクトのボランティア医師として活動されています。
大阪ご出身で帰省中の西岡さんは、年末におせち弁当の差し入れをしている奥さまと、ホームレスのおっちゃんたちに可愛い笑顔をふりまいている、2歳の息子さんと一緒に、ご家族で来てくださいました。
この日、11月22日は「いい夫婦」の日ということで、奥さまにもふとんで年越しプロジェクトに差し入れしている手製おせち弁当のお話をしていただきました。

 

路上から生まれたプロジェクト
~ホームレスのヘルスケアから考える、ひとはなにによって生きるのか~スピーカー:西岡誠さん

 

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ホームレスの「健康問題」?

ホームレス状態になったのは、気ままな暮らしが好きな人たちが自由意思で選んだ生き方、あるいは、集団生活の決まりを守らず、コツコツ働くのが嫌で好き勝手してきた結果なのだから、すべて自己責任と思われてしまいがちなホームレスの人たちですが、本当にそうなのでしょうか。
ホームレス状態に陥る理由や背景は、様々です。参考:なぜ「ホームレス」が生まれるのか、なぜ抜け出せないのか(特定非営利活動法人 TENOHASIホームページより)
路上生活者の半数以上は、建築現場などでの日雇い労働や、社会保障がない非正規雇用で仕事についています。収入も不安定で、仕事がなければ収入も減り、家賃や光熱費などが払えず、住居を退去せざるをえません。病気やけがで働けなくなると、さらに困窮し、食事も十分にとれず、医療も受けられずに状態がさらに悪化しても、生活保護福祉制度を利用することに「家族や他の人にも迷惑をかけたくない」と考えて強い抵抗があったり、社会的に孤立し、助けてくれる制度についての情報を得られないなど、様々な事情で路上での生活を余儀なくされているのです。
また、世界の医療団などの調査により、東京で路上生活をしている人の約半数に知的、精神、発達障害認知症などの障害や病気を抱えていることもわかっています。

 

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路上生活が健康に及ぼすリスクも深刻であり、大阪市内での調査では、ホームレスの人たちの死亡時平均年齢56.2歳、死因の内訳は病死59%、自殺16%、不慮の外因死15%。病死は心疾患、肝炎、肝硬変、肺炎、肺結核、脳血管疾患の順に多く、野宿者の死亡率は全国男性の平均を1として、心疾患3.3倍、肝炎肝硬変4.1倍、肺炎4.5倍、肺結核44.8倍、自殺6.0倍(逢坂隆子ら平成15年大阪市におけるホームレス者の死亡調査)という調査結果がでています。

世界の医療団東京プロジェクトでは、池袋を中心に、炊き出しや夜回りや医療相談などの支援活動を10年以上続けてきました。しかし、ホームレスの人たちの生命を脅かしている病気の治療や、健康問題を根本的に改善しようと思えば、やはり、路上生活からの脱出が必要です。しかし、東京には、簡易宿泊所やシェルターなどはたくさんありますが、中には「貧困ビジネス」と思しき粗悪なものが多く、そういった劣悪な住環境(参考:年金が生活保護以下で「老後破綻」 漂流し、搾取される高齢者 〈週刊朝日〉|dot.ドット 朝日新聞出版年金が生活保護以下で「老後破綻」 漂流し、搾取される高齢者)から逃げ出し、過酷な路上生活に戻ってきてしまう人も少なくありません。



「ハウジング・ファースト」~まず住居からはじめよう~

こういった路上生活者についての問題は、欧米でも共通していて、各地でさまざまな調査や取り組みがされてきましたf:id:medicafewest:20151122141503j:image:medium:right

 

 

イギリスのホームレス平均死亡年齢は47歳。「依然として、ホームレス状態の人々の健康に深刻な影響を与え続けている。一般人口に比し、感染症及び慢性疾患、劣悪な精神衛生、依存症のリスクが高く、暴力の被害を受けやすい、また死亡率は4~7倍高い。(アメリカ疾病予防管理センターCenter for Disease Control and Prevention)

中でも最近注目されているのは、欧米のホームレス支援団体が実践している「ハウジング・ファースト」というアプローチです。
ハウジング・ファーストとは、路上生活からの脱出の為には、プライバシーが守られ、清潔で快適な住居を得ることが最優先という考え方であり、依存症の治療や自立訓練をへて就労を確保した人から、住居を得ることができると言う日本従来のシステムとは大きく異なります。
欧米での実践では、路上生活に戻ってしまう人が圧倒的に少なく、医療費や介護費が減少して、結果的にトータルコストが低くなることがわかっています。
日本でも、徐々にハウジング・ファーストの理念が広まり、東京都渋谷区では、渋谷区長の協力をえて、日本初の公的ハウジングファーストプロジェクト「アイ リブ シブヤ プロジェクト」が始まろうとしています。世界の医療団からもコーディネーターの中村あずささんが、プロジェクトメンバーの1人として参加されています。

こうして長年ホームレス生活をしてきた人でも、安心して暮らせる住まいがあれば、再度路上に戻ることなく、安定した暮らしを続けられることがわかってきました。

しかし、住まいがあれば、それでいいのでしょうか?西岡さんは、住居を得たあとの支援が重要だといいます。
路上生活者には、路上生活者同士の繋がりがあり、アパートに入居することで、その繋がりが断たれ、孤立して部屋に引きこもってしまうケースも多く、東京プロジェクトでは、アパート入居後も、パソコンや料理教室や農業体験などを企画したり、アパートに入居した後も孤立しない為の支援を『ビヨンド ザ ハウジングファースト』として様々な取り組みを行っています。
また、住居を得て、路上生活を脱した元ホームレスの人たちが、炊き出しや夜回りなど、ホームレスの人たちの為の活動で、ボランティアをまとめるリーダーになったり、1人で食事をする子どもたちに、にぎやかで楽しい食事の場を提供する要町あさやけ子ども食堂へ、焼きたてのパンを届けたりもしています。



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敷居が低くて、気難しい医者のいないクリニック始めます

森川すいめい氏をして「ホームレスの人たちの健康問題に情熱を燃やす名内科医」と言わしめる西岡誠医師が、最も情熱を傾けているプロジェクトが、来年4月開業予定の「ソーシャルワーカーズオフィスクリニック」です。精神科医である森川すいめいさんと内科医の西岡さんが診療を行います。

西岡さん「ホームレスの人たちは、医療を受けたいと思っても、症状や自分のことをうまく説明出来なかったり、コミュニケーションが難しいこともあり、医療機関から敬遠されることも多い。また、今ある辛い症状は、なんとかしてほしいが、長期の治療を続けて行くことはなかなか難しい。エネルギー制限や減塩が必要でも、低賃金で過酷な仕事の為には、安価で塩分の多い食事を摂らざるをえません。そういうホームレスの人たちの事情や心理を理解した上で、親切で、質の良い治療を提供できる、敷居が低くて、気難しい医者のいないクリニックが必要です。
また、路上から抜け出した人たちが、路上に戻らない為の支援活動をしていく主力は、医師ではなく、ソーシャルワーカーやナースですが、ボランティアでの活動では、限界があります。ですから、ソーシャルワーカーズオフィスクリニックでは、ソーシャルワーカーやナースが支援活動に集中し、存分に力を発揮できるよう、ちゃんと生活していけるだけの給料を払います。医者の給料は最低賃金です(笑)」




「おせち」はいかが?~ふとんで年越しプロジェクト番外編 スピーカー 西岡さんの奥さま~

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ふとんで年越しプロジェクトとは・・・https://motion-gallery.net/projects/futon-toshikoshi2015
行政の窓口が休みになる年末年始、新宿、渋谷、池袋、山谷地域などで、各団体がをおこなう「越年・越冬活動」で、路上生活を送る人や仕事も家もなくネットカフェなどで過ごさざるを得ない人々に、出来るだけ温かい部屋で過ごしてもらえるシェルターを用意しようと立ち上げたプロジェクト。
もちろん西岡さんも一年目より「常にあつい」ボランティア医師として参加されています。
参考:ホームレスの居場所、ホテルのシングルは贅沢なのか。「ふとんP」の6日間から考える(ハフィントン・ポスト)


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奥さまは、西岡さんから「ふとんで年越しプロジェクト」の話を聞き、
「年末年始は行政の窓口だけじゃなく、いろんなお店も休み。
一旦シェルターに入った後出かけるのもたいへんだろうし、
お正月だし、おせちでも持っていく?」と差し入れを申し出たそうです。

もともと料理が好きで、例年、おせち料理も家族だけじゃなく、親戚や友人にも作って持って行ったりしていたという奥さま。
シェルターにおせち料理を差し入れした最初の年は三段の重箱に詰めて、西岡さんに持って行ってもらいましたが、あとでスタッフが人数分に分けていると聞きました。それでは、かえって手間がかかるし、衛生面でも問題があると考え、二年目の昨年は、おせち料理助六(巻きずしといなりずし)を30人数分にわけて弁当にすることにしました。

 

料理の品目もおせちらしいものに絞って、27品目から18品目に変更し、手元にのこせるように日持ちする和菓子を追加。

このおせち弁当は、たとえば伊達巻ひとつとっても、鯛の切り身ですり身をつくるところから手作りです。数日かけて1人で調理し、折詰にわけて詰める作業は、友人や知人に手伝ってもらいました。

 

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おせち弁当の差し入れのお話は、関西で長らく支援活動をされてきた参加者の方々の関心も高く、

「お正月には御雑煮が食べたいという声も多いです。しかし、作ってあげたくても、屋外で大量に調理する炊き出しでは、餅は溶けてしまうので出来なくて残念だったんですが、おせち料理なら、何か出来るかも・・・」と懇親会の間も、準備や調理のスケジュールの立て方などのおせち談義で盛り上がっていました。

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(後日談・・・2015年度も、20食分のおせち弁当を差し入れされたとのこと。お疲れ様でした。)


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西岡さんご夫婦それぞれの話題提供をうけて、このあとは、関西の各方面で活動されている方々や、医療、福祉関係者、福祉を学ぶ学生さんや大学の先生らと意見交流となりました。

懇親会も引き続き「カフェコモンズ」でお世話になりました。味のしみた温かいおでん鍋を中心に、今回も美味しい料理ばかりで、参加者の皆さん同士で話も弾み、とても盛りだくさんな一日となりました。(文責 山根)


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ブログ引っ越しました

メディ・カフェ@関西ブログ引っ越しました

 

諸般の事情により、はてなダイアリーから、はてなブログに移ってまいりました。こちらでも、どうぞよろしくおねがいします。

 

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2月も中旬と思えない、あたたかいと感じる日が多いこのごろです。

しかし、例年になく、遅いインフルエンザ大流行に、私の周囲も見舞われています。寒暖の差も激しく体調管理の難しい気候でもあり、年度末にむけて忙しい時期でもありますので、みなさま、どうかお気をつけてお過ごしください。

さて、メディ・カフェ@関西は、平成21年のちょうど今頃に第1回のメディ・カフェ@京都準備を始めて以来、通産10回のメディ・カフェを開催させていただきました。

本当はもっと色々な人にお話を伺いたい、もっと色々なことをやってみたいと思っているのですが、主たるメンバー全員それぞれに忙しく、ほんとに「ぼちぼち」を絵にかいたような活動しかできていません。

それでも、昨年秋、10回という大きな節目の会を無事終えることができ、なんかちょっと気が抜けた・・・というわけではないのですが、すっかりご報告が遅くなってしまいました。

この間にも、たくさんの方が、FBページや、引っ越し作業中のこちらのブログをご訪問くださっていて、きっと待ってくださっているんだろうなと、ほんとうび申し訳なく思いながら、私のとんでもない遅筆と文章力の無さと地あたまの悪さで、こんなことになってしまいました。

メディ・カフェ@関西は、ただの主婦であるメンバーが、自分たちが興味のあること、聞きたいことを教えてもらったり、興味を共有できる方々と、一緒に考えたりしたいと思うことを毎回テーマに取り上げ、スピーカーの方々に来ていただき、来て下さった皆様ともご縁を頂きながら、続けさせていただいてきました。

お忙しい方々に、貴重なお時間を頂戴してお話を伺ったのだから、感銘を受けたことや興味深かったことや内容を残していきたい、これなかった人とも共有したいと思い、ブログにレポートを書かせていただいています。

しかし、こちらで書かせていただいている内容は、わたくしの主観が多く含まれているもので、スピーカーの発言そのものではありませんので、ご理解いただけましたら幸いです。もし、こちらの記事に対して、ご意見やご質問などありましたら、こちらにお寄せ下さい。

それでは、今後とも、よろしくお願いいたします。

 

2016 2月 メディ・カフェ@関西

 

開催決定【第10回】メディ・カフェ@関西

「…食べ物、衣服、医療を我々も提供しています。生活保護を受ければ、生活費と住む場所が得られ、医療機関にかかることも出来ます。では足りないものを一つ一つ満たしていくと、人は健康で幸せに生きることが出来るのでしょうか?答えは必ずしも芳しいものではありません。
食べ物や温かい家を手にしたものの、タバコ・酒に耽って身体を壊す人や、一人が寂しくて路上に戻って来てしまう人もいます。あの過酷な路上生活に。タバコには禁煙治療、酒には断酒治療という対応は、どこか的が外れているように思えます。
世界の医療団HP、西岡医師へのインタビュー記事より抜粋http://www.mdm.or.jp/news/release/post_121.html)」

第10回メディ・カフェ@関西 

「路上(みち)から生まれたプロジェクト〜ホームレスのヘルスケアから考える、ひとは何によって生きるのか〜」


【スピーカー】 西岡 誠さん(世界の医療団医師、内科医)   
日本という、一見、誰もが豊かで健康に長生きが出来る素晴らしい国にあって、ホームレスやホームレス状態に陥る人たちの多くが、認知症うつ病精神疾患、糖尿病や高血圧など生活習慣病知的障害などを抱えて十分に働くことも、自立した日常生活を営むことも出来ずに孤立し、かつ、既存の福祉政策からこぼれおちて、路上での過酷な生活を強いられていることが、専門家の調査により明らかになりました。

そんな中、2010年より東京池袋を中心に、ホームレス状態にある人の医療・保健・福祉へのアクセスの改善、そして精神状態と生活状況の底上げ、地域生活の安定を目的とし活動を続けてきた東京プロジェクトにて、また、新しい取り組みが始まろうとしています。

東京プロジェクトに携わる世界の医療団ボランティア医師、西岡誠さんより、ホームレス問題にとどまらない、現代日本の医療・保健・福祉の現状や問題点、解決の糸口となる新しい取り組みについて伺いながら、人間は、何によって生き、生かされるのかを考えたいと思います。

メディ・カフェ終了後、ひきつづき、同会場にて懇親会(会費2000円程度)も予定しておりますので、ご一緒にお申し込みください。
   
【日 時】 11月22日(日) 午後1時30分より

【場 所】 カフェ・コモンズ  高槻市富田町1-13-1 WESTビル5F   http://cafe-commons.com/index.html 

【会 費】  ワンドリンクつき 一般 2000円 学生(大学、短大、各種専門学校など) 1000円 
      
【定 員】 20名(先着順)

【お申し込み方法】 お名前、ご連絡先、簡単な自己紹介を添えて下記よりお申し込みください

メール medicafe.west@gmail.com
告知―ず 
http://kokucheese.com/event/index/344516/

第10回メディ・カフェ@関西の御案内 
Microsoft Word - 第10回メディ_カフェ_関西ちらし _2_.pdf 直


【終了しました】第9回メディ・カフェ@関西「看取った家族が後悔すること〜終活を自己満足で終わらせない為に〜」

6月7日(日)、大阪市肥後橋のリゾートダイニングAlbinoさんを会場に第9回メディ・カフェ@関西「看取った家族が後悔すること〜終活を自己満足で終わらせない為に〜」を開催しました。
ゲストスピーカーはメディ・カフェ最多登壇、医療問題ジャーナリスト熊田梨恵さん。
産休に入る前の最後のお仕事としてお引き受けいただきました。
長年介護や医療現場を徹底取材してこられた熊田さんが、文藝春秋5月号医療特集に掲載された記事の内容について、記事を書くに至った思いや、記事に書ききれなかったことなどを織り交ぜながら語ってくださいました。


後悔する家族

熊田さんが出会ったあるご遺族はお姑さんを見送りました。
亡くなった直後には「大往生だった」「よかったよね」「よく頑張ったよね」
そんな風にいい最期だった、と思えていたはずの気持ちがおよそ1年経った頃に「あれでよかったんだろうか」と後悔にも似た思いに変化したと言います。
「義母は本当はもっと生きたいと思っていたんじゃないだろうか…」という思い、そしてさらにそこから「お医者さんたちは本当にちゃんとやってくれたのだろうか」という思いまで生まれたと言います。
担当した医療者にとってはなんとも理不尽な言われようです。
自分たちが『自信を持って決められなかった』という思いから医療への不信までに発展してしまう。
いったいなぜ、それも1年も経過してからそんな変化が出てきてしまったのでしょう。
この出会いをきっかけに熊田さんの取材が始まります。


別のケースでは本人の「希望(想い)」を聞いていたのですが、そこでもやはり家族には「後悔」が生まれます。
本人であるお母様はお元気な頃から「長生きしなくていいから延命治療はしたくない。チューブに繋がれて生きるのはいや」というご自身の希望を話しておられました。
脳梗塞を発症し救急搬送された先で医師から飲み込みや言葉に障害が残る可能性を説明され、胃ろうの造設を勧められました。
本人が希望しなかった延命治療になるのでは、と娘さんは躊躇しますが、別の娘さんから「『延命は嫌だ』とは言っても『食べたくない』とは言っていない。お腹が空いて死ぬなんてかわいそう」と説得され、結果的には胃ろうを造設しました。
今は寝たきりの要介護5の状態で意思の疎通も難しくなったお母様の姿に「これは母が嫌がっていた延命なんじゃないか」と感じると言います。
『なぜ延命が嫌なのか、胃ろうならよかったのか、どんな治療ならしてもよかったのか』そういう根本的なことを聞けていたら違う選択をしたかもしれない、と話す娘さん。

本人の希望(想い)を聞いていなかったから後悔する、聞いていても後悔する・・・。
いったいなぜこんなことになってしまうのでしょう。どうすればよかったのでしょう。




価値観を知る

熊田さんは言います。
「大事なのは『価値観』を聞く(知る)こと」
延命は嫌だ、チューブに繋がれるのは嫌だ、、、
このとき「嫌だ」と思う理由はなにか。「嫌だ」と思う背景にあるのはなにか。

なぜ延命や臓器提供はイヤなのか。
チューブに繋がれるのはイヤって言うけど、チューブってそもそもどんなのを言ってる?チューブに流れているのは栄養? 薬? 水分? 人工呼吸器?
テレビで見たシーンに対して「こういうのはイヤだ」っていうけど、なぜ?
病院より家で死にたいって言うけどそれはなぜ?

『価値観』を知ることは、本人に対する理解を深めることができると同時に、予想外の事態が起き、何かを決断しなくてはならない場面になったとき、対応の幅が広がることに繋がります。想定していなかった場面であっても、本人の望む『価値観』に沿う方法・手段を選ぶという形で選択肢が広がったり、また絞り込めたりします。
価値観を知ってもらえている、という思いは家族や医療者などとの人間関係やひいては医療への満足度が上がり、協力関係は強化されます。
そして、それらは本人にとって自分で決めている、自分の人生を自分でコントロールできているという感覚も向上させます。
そういう中での選択や決断の結果は遺族(家族)にとってはその後の抑うつや不満の軽減し、また本人の死に対する納得にも繋がります。


結局は納得が大事

本人の意思を家族や医療者が「共有」できていなかったり、時間と共に本人の想いが「変化」した(ことに対応できていなかった)り、また表面的な希望は知っていても根っこにある、つまり価値観の理解につながるような「理由」や「決定のプロセス」を知らずにいたり、あるいは医療者から十分な「情報提供」を受けていなかったり(これは説明を受けていても受けた側の理解が追いつかない場合や心に落ちていない場合も含みます)、、、
そういったケースは家族が後悔しやすいケースになりがちとのことです。
また、本人が決める能力を失った際の「代理決定人」を決めていない場合も家族の後悔をうみやすくなるようです。
これらの事情が含まれるケースは、つまりは「納得できない何か」が生まれてしまうわけでそのもやもやは往々にして本人への疑問、不信感、家族内の不和、場合によっては医療訴訟や家族だけに収まらない関係者とのトラブルなどを引き起こしがちです。

「結局は 納得 が大切なんです」

価値観を知るために 納得を得るために
ここ何年か、今、自分の人生の終わり方を考え、エンディングノートなどを記しておく「終活」ブームが盛り上がっています。
ただ、エンディングノートは本人にとって「書いて終わり」という個人作業にとどまりがちでなかなか「共有」されません。
本来はエンディングノートを記し、それをきっかけに価値観を探る作業へと進むことで大きな役割を果たすものであるべきです。

また、医療現場では入院時や救急搬送時に「事前指示書」というものへの記載を求められることも増えています。
いわゆる「終末期(ここでいう終末期というのは生命維持処置を行わなければ、比較的短期間で死に至るであろう、不治で回復不能の状態、を意味します)」になったときにどのような対応を希望するか医療に対する希望を書面に残すわけです。
ただ、この「事前指示(アドバンス・ディレクティブ)」の聴取だけを行っても満足度の変化という結果は得られないという調査結果が出ています。

このようにエンディングノートや事前指示書というものが「形」の流行で終わってしまうことで本来それらを使って探る(知る)べき「本人の価値観」にたどり着かないことを熊田さんは危惧しています。

アメリカでは1990年代後半から「アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning:ACP)」という取り組みが始まっています。
「将来に備えて、今後の治療・療養についてあらかじめ話し合うプロセス」と定義されています。
話し合いのプロセスを重視することで生き方や、医療の価値観を把握するのですが、嫌がれば話をしないことも許容され、患者が望めば家族や友人も同席するなど話し合い方には決まりはありません。
これまでの経験、病状についての認識、療養や生活の不安や疑問、大切にしたいこと、治療についての希望、代理決定人やその裁量権など様々なことを話し合います。
話し合いの結果は同意のもとで記述され、定期的に見直され、関係者の間で共有されます。
日本ではようやくはじまったばかりです。


価値観の把握の必要性のもうひとつの意味

自身の価値観を自身でも把握し、家族など周囲と共有することは「よりよい最期を迎える」ために大切なことですが、その必要性にはもう一つの側面があります。
厚生労働省の推計では増え続ける高齢者数に医療や介護のサービス提供が追いつかず、2030年に約47万人分の“死に場所”がなくなる、というのです。
2042年には社会保障給付が現在の約3分の1程度に減少する可能性もあると。
それはつまり、現在の日本の医療・介護の特徴である「フリーアクセス」「コストの低さ」が「アクセス不良」「コスト高」になるということを意味します。
そうなると「クオリティ」しか残らないのではないでしょうか。

自己満足で終わらない“終活
この「クオリティ」の評価は自身の「満足度」が尺度になることが多いので自分で自分の医療や介護への満足度を上げる努力をすることが求められます。

医療や介護について「家族がいいようにやってくれるだろう」「悪いようにはされないだろう」という安易な思い込みは危険。
家族だって知らないことだらけです。
結局は「情報」つまり「知る」ことです。
「最期は周りに迷惑をかけたくない」と思っているのならなおさら、情報を集め、情報の精査をし、自分の想いを見つめ、それらを周囲に伝える努力は欠かせません。
そのことが医療や介護への満足度の向上を得、結果的に「よりよい最期」に繋がります。
そうした自己満足で終わらせない“終活”をしていくことが大切なのだと思います。



メディ・カフェ後半は前半の熊田さんのお話を受け、2つのケースについてグループワークを行いました。
1つはご本人はエンディングノートを書いていたにも関わらず、ご家族にはそのことが伝わっていなかったケース。
もう1つはこどものいない夫婦。認知症の妻を単独介護していた主たる介護者の夫が急逝したケース。
それぞれのケースについて、どのようにすればよかったのか、あるいはしなくてよかったのか、またどんな方法があったのか、など、どちらも決まった正解のあるわけではないですが、様々な視点から考えるきっかけを得た時間でした。


「死は1人では完結しない」という熊田さんの言葉。
「ひとは必ず死ぬ」ことは避けられない事実で、そしてその「死」は血縁の有無にかかわらず、「遺される人」が生まれます。
その事実の中で、生きている時間の最期をどのように迎えるか、そこに向かって何をどう知り、考えていくのか、、、
決断を迫られるそのときにではなく、そうなる前に考え始め、共有しておくことが必要なのだと感じました。

(文責:長谷川)